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警察組織による「まとわり・集団ストーカー」の記録。特に「耳鳴り音」などによる直接身体に危害を与える攻撃と尾行・盗聴・盗撮などの心理攻撃について映像などを交えて説明してゆきます。追記や手直しの履歴は右サイドバー2段目にあります。

〈資料庫〉 幸せな育児、むしばんだ幻聴

幸せな育児、むしばんだ幻聴 3カ月の長女抱き浴槽へ…

長谷文
2017年11月13日11時35分
朝日新聞デジタル

■きょうも傍聴席にいます。
特集:「きょうも傍聴席にいます」 

 「生まれてきてくれてありがとう。少しずつお母さんになりたい」。そんな言葉を育児日誌につづっていた母親が、統合失調症による幻聴に悩まされ、生後3カ月の娘を浴槽につけて、殺害した。母親はどんな罰を受けるべきか。裁判員裁判で出された判決は。
 10月23日、東京地裁の104号法廷。生後3カ月の長女に対する殺人罪に問われた東京都世田谷区の被告の女(39)の初公判が開かれた。女性は黒い服とジーンズ姿で出廷。裁判長に起訴内容について問われると、小さな声で「間違いありません」と認めた。
 起訴状によると、被告は今年1月13日朝、都内の自宅マンションの浴室で長女(当時生後3カ月)を浴槽内の水中に沈め、窒息させて殺害したとされる。
 公判から事件をたどる。 女性は2009年に会社員の夫と結婚。12年春ごろに統合失調症の症状が現れ、自らたてる生活音で隣人らが迷惑に感じていると不安に思うようになった。夫から通院を提案されたが断り、16年10月に長女を出産した。
 出産前の女性の様子について、夫は検察側の証人尋問で説明した。
 夫「周りから壁をたたく音が聞こえたと言っていました。物を置いたり、足音をたてたりしたら、反応して返ってくるようなことを言っていました。(私も)土日は一緒に居ましたが、音はわかりませんでした
 検察官「あなたは被告の様子をどう思いましたか」
 夫「(妊娠で)かなりおなかも大きかったですし、音にすごく敏感になっているのかな、としか思いませんでした。だから『安心して』と言いました」
 出産を挟んで幻聴は一時的に止まった。夫の証言からは、被告が当時、幸せそうに育児に取り組む様子がうかがえる。
 夫「(育児が)すごくうれしそうで一生懸命やっていました。長女が成長するにつれて泣き声が大きくなると、早く泣きやむように一生懸命でした。ミルクをあげたり、おむつを替えたり。そのままにしていても大丈夫じゃないかと思いましたが、すぐ泣きやませようとしていました
 法廷には被告の母子手帳や育児日誌も提出された。それらには、被告が妊娠中から長女を「まるちゃん」と呼ぶなど、子育ての期待や喜びがつづられていた。
 臨月。「もうすぐ、まるちゃんに会えるのがうれしい」
 出生日。「生まれてきてくれてありがとう。少しずつお母さんになりたい」
 産後1カ月。「天使みたいなお顔と手をしているの。ムギュッとしたくなる」
 だが、産後2カ月を迎える頃、幻聴が再発。夫は証人尋問で当時の様子を説明した。
 夫「長女の名前を呼ばれている、とか、通行人が長女の名前を言っていて、うわさになるように感じる、と言われました。(被告は)夜は2時間おきにミルクをあげていて、寝不足の状態だったし、疲労が蓄積している、と思いました」
 法廷には、被告が当時、「声の主に伝えたい」と幻聴の内容を書き、夫に示したノートが証拠として提出された。
 「長女の名前をたくさん言って広げないで。うちの子の人生があるんですよ。音が気になるなら直接言ってください
 「あまりうちの子の名前を言われると怖くなるのでやめてください
 「生活音を出すなと言われても、生活していると音が出てしまうので、ご迷惑をかけるかもしれませんが今後ともよろしくお願いします
 夫はノートを見た印象を検察官にこう答えた。
 夫「最初は何を書いているのかわかりませんでした。誰かに抗議をしているような文面で、『(名を)呼ばれていることはないので安心して』と言いました」
 検察官「それを聞いた被告の反応は」
 夫「納得いかない表情でした」
 近くに住む義母は時折、夫婦のマンションを訪ね、家事や育児を手伝った。遠方で暮らす被告の実母も顔を見せていた。夫も出産直後は、被告から「仕事に影響が出る」と言われて仕事に専念したが、産後2カ月ほどして、ミルクをあげるなど育児を手伝い始めた。
 だが、被告の症状は悪化していく。被告人質問。
 検察官「(産後約2カ月で)長女の名前を呼ぶ声はどのくらいの頻度で聞こえたのですか
 被告「1日に、1時間に、3、4回くらい
 検察官「長女の泣き声やあなたの生活音が周りに迷惑をかけているので、そのような声が聞こえると思ったのですか」
 被告「はい」
 検察官は事件の起きた1月13日までに2度、被告が夫の留守中に長女を殺害しようと試みたと指摘。事件2日前の11日には長女の首をひねり、翌12日にも海に飛び込もうと考えたが、海にたどり着くまでに泣き出すと困ると思い、断念した、と述べた。
 被告「とにかく(長女の)名前を言われるのが怖かったし、長女が生きていけないのではないかと思い、死ねる方法を考えていました」
 検察官「長女を死なせてしまいたいと悩んでいると、家族に相談しようとは思わなかったのですか」
 被告「心配をかけないように、と思って、そういうことはしませんでしたし、思いつきませんでした」
 裁判員も説明を求めた。
 裁判員「知らない人から長女の名前を呼ばれて怖いことと長女の命を奪うことのつながりが見えてきません。どうして知らない人に名前を呼ばれるのが怖いと感じるのですか」
 被告「知っている人以外に名前を言われることが、とてもおかしいことだと思っていました。だんだん追い詰められて、長女がもしかしたら誘拐されるのではないかとか思いました」
 裁判員「命を奪う他に、手段は考えなかったのですか」
 被告「その時は自分に出来ることを考えてしまっていたと思います」
 別の裁判員は育児について質問した。
 裁判員「育児は大変でしたか」
 被告「少し大変なところもありましたが、幸せな気持ちでやっていました」
 裁判員「大変だったところとは?」
 被告「泣いている時どう対応していいのかわからず、なんで泣いているのかわからず不安でした」
 被告は13日朝、長女を抱いて、仕事へ向かう夫を玄関まで見送った。ほどなく、長女が泣き出した。
 その後の行動についての被告人質問。
 被告「長女が泣き始めて、生きていけないと思いました」
 弁護士「誰が生きていけないと思ったのですか」
 被告「長女」
 被告は、前日の残り湯がはられた浴槽で死なせようと思い、風呂場へ向かった。長女を毛布にくるみ、洋服を着たまま浴槽につかった。
 検察官「浴槽での長女の表情は」
 被告「泣いていました。小さな声でした」
 被告は何度も両腕で長女を抱くしぐさをしながら、殺害後の行動を説明した。被告が答えながら涙を流したため、裁判官が尋ねた。
 裁判官「あなたは検察官の質問に涙を流しました。なぜですか」
 被告「その時のことを思い出して涙が自然と出ました。(長女が)お風呂につかった時のことを思い出して、泣いてしまいました。思い出すと悲しいことだったので、泣いてしまいました」
 被告は長女を殺害後、自ら110番通報し、自首した。
 鑑定人によると、女性は犯行時、疲れて精神状態が悪化していた。
 検察官「長女との思い出はありますか」
 被告「抱っこして歌い、家の中をぐるぐる回ってあやしてあげました。長女の(名を呼ぶ)声が聞こえるので生きていけないと、死なせないといけないと思いました。それが病気だからと思って、申し訳ない気持ちでいっぱいになって、どうしたらいいのかわからない気持ちです」
 被告の夫は、被告に対する処罰感情を検察官に尋ねられ、小さな声で答えた。
 「長女はすごくかわいかった。守ってあげられず本当に申し訳なかった。長女のことを思うと妻に刑罰で償って欲しいという気持ちは確かにある。ただ、妻が正常な状態に戻ってからしっかり考えたい」
 検察官は論告で懲役4年を求刑した。統合失調症の影響で自分の行動の善悪を判断する能力や自らの行動をコントロールする能力が著しく劣っている「心神耗弱」の状態ではあったが、罪に問えない「心神喪失」ではない、と主張。「幻聴は殺害を命じるものではなく、(幻聴に)支配されていたわけではない」とし、夫の留守中に犯行に及んだこと、自ら110番通報したことなどをあげて、統合失調症の影響はあったものの、自分の行動を律し、殺害を避けることが十分可能だった、と述べた。「長女は最大の庇護者(ひごしゃ)である母によって殺された。抵抗出来ない乳児への極めて悪質な犯行だ」
 一方、弁護側は「統合失調症の幻覚妄想が悪化し、極度な緊張状態だった。遺族が処罰を望んでいない」などと、執行猶予付きの判決を求めた。
 10月30日、東京地裁判決。島田一裁判長は懲役3年執行猶予5年を言い渡した。
 「長女が生後3カ月という短さでこの世を去った結果は重大だ。しかし、殺害を決意した原因は、統合失調症の幻覚妄想が悪化した中で生じ、長女を助けるためには死なせないといけないとの妄想に強く影響されていた。健常者に対するのと同様に強く責任を非難することはできない」
 そして、執行猶予とした理由として、被告が自首したことや、服薬の結果病状が改善し、被告が自らの行為を理解しようとしていること、適切な治療を受けるために、夫や母親が協力すると述べていることをあげた。
 判決後、会見に応じた男性裁判員の一人は「愛情を持って育てていたのが伝わった」と語った。1歳の子供がいる別の男性裁判員は「どの家庭でも起こりうる問題だと感じ、育児への姿勢を自戒した」と振り返った。(長谷文)

〈拡散願い〉 小松満裕さん・デッチ上げの公訴事実

小松満裕さんは現在、高知警察署留置場に長期拘留されている(6月14日逮捕)。容疑は「高知県迷惑条例第11条違反」である。起訴状には①〜③までの公訴事実が並んでいる。小松さんはこれを『警察・検察によるデッチ上げだ』と主張している。

公訴事実 

被告人は、正当な理由がなく、専ら、高知県警本部長である上野正史(当時52歳)に対する恨み、その他の悪感情を充足する目的で、① 平成29年6月10日午前6時22分頃、高知市鷹匠町*丁目*番**号所在の同人並びにその配偶者及び長女が居住する居宅北側路上に赴き、同所において「上野正史でてこい。こらー、直談判じゃ、出てこい」などと大声で怒鳴り ② 同日午前8時19分頃同居宅北側の路上に赴き、同所において「上野直談判じゃ、こらー」「雑魚をよこさんと、おまえが出てこい」などと大声で怒鳴り、③ 同月13日午前6時22分頃、同居宅から北方約80メートルの路上に於いて同居宅へ向け拡声器を用いて「県警本部長おらー」「県警本部長上野正史出てこい」などと大声で怒鳴った上、同日午後6時42分頃、同居宅北側路上に赴き同所において、「上野正史でてこい。」などと大声で怒鳴り、もって上記上野正史並びにその配偶者及び直系の親族に対し、不安及び迷惑を覚えさせるような行為であって、住居に押し掛け、かつ、著しく粗野及び乱暴な言動をすることを反復して行ったものである。

公訴事実にある6月10日と6月13日に何があったのか。

※現在小松さんは警官から名誉毀損でも追起訴されている。そのために名前は伏せ字とする
〈〉は小松さんの考え

6月10日(金)の行動


午前6時過ぎ、小松さんは日課となっている街頭宣伝のために“はりまや橋”に向けて自宅を出発した。お気に入りのカウボーイ・スタイル。細身のジーパンには派手な刺繍が入っている。愛用の自転車には拡声器とスローガンが書かれた墨筆のベニア板がくくりつけられ、荷台にぶら下げられたオレンジ色の、季節外れなハロウィン手提げ袋がひときわ異彩を放っている。 
 
2017年5月の連休明けに、先の軽犯罪法違反事件(本部長をなじるよさこい節の替え歌を本部長公邸の前で大声で歌った事件)の際に公邸近くに住む■■警視正の女房(警察職員)が被害者であると偽り、逮捕・起訴を幇助したことを内部情報から知ることとなった。

最初の街宣場所であるはりまや橋に向けて自転車を走らせる小松さんに■■の女房に対して何か言ってやろうという気持ちが起こった。しかし、本部長公邸の1本北の道に差し掛かった時に小松さんが毎朝通行していることを知ったうえで待ち伏せしていた△巡査を見かけたことから、声も出さず、自転車を停止させる事もなく、その場を離れた。待機するパトカーも近くにやってきたために手を振った。はりまや橋に直行し街宣活動を行った。〈公訴事実①②は「嘘」である。〉

6月11日(土)

日中、競輪場前で演説を始めたらすぐに南署一台、高知署一台のパトカーが現れて制止した。そのために演説を打ち切り、天神橋に移動し演説した。その後、高知城に上って大手筋や歴史記念館に向かって“高校生を助けたい”の演説をした。また、同じ場所から南向きに本部長公邸に聞こえるように演説をやっていた。

6月13日(月)

午前6時20分過ぎ、本部長公邸の一ブロック北の道路を自転車で西から東に走行中、知事公邸手前の駐車場Aの入り口付近で、6月10日と同様、△巡査が待ち伏せしていた。通行中にいきなり自転車の前に出てきて、右手で制止した。地点①で自転車を停止させた。

6月13日、小松さんの動き 上が北


△巡査は自転車を停止させた後、勝手に街宣装備である拡声器を勝手にいじっていた。いくつか言葉を交わした後、突然小松さんの腰ベルトを掴んで道路面にたたきつけた。腰を強打し、すぐには起き上がる事ができず、仰向けになったまま「何をしている」「これは暴力だぞ」と渾身の力を振り絞って叫んだ。その時、小松さんは県警幹部が最近の街宣に耐えきれなくなって暴行を加えたと考えた。

△巡査は本部長公邸の台所から上野に見られることを恐れ、東側人家まで3メーター以上引きずった。たたきつけられた拍子にズボンのベルトが切れ、腰に打撲傷、そして背中に擦過傷を負った。これは特別公務員暴行陵虐罪である。

△巡査に抗議したが、らちがあかないので、時間貸し駐車場Bの中央を通り抜け、上野宅の北側道路、駐車場側の道路(地点②)から上野宅の台所に向かって「上野正史本部長、おまえも部下の警察官の暴行を見ただろうが」「おまえも警察官だったら犯人をつかまえんか」と抗議した。
地点②まではベルトが切れていて、右手でズボンがずり落ちないように押さえていたために歩行に不便を感じたが、歩けた。

本部長の公用車から秘書役の警部が降りてきた。突然、腰の痛みを感じた。この警部に向かって「本部長に言え」「警察官の暴行現場よや」といいながら、痛みに耐えきれずその場に座り込んだ。

この頃には周囲にいた警官ら4人が出てきていた。
小松の右手には△警部補、さらにその横が尾行役の△巡査、左手には△巡査がビデオカメラで小松を撮影していた。その後に交通部の尾行役が立っていた。この2人に対しても大声で、「暴力警察官を撮らいで、俺を撮ってどうしたいがなや」と怒鳴った。

〈だから、本部長上野がこの様子を知らないはずはない。〉

山内神社付近からパトカー二台、警官4名がやってきて、通行人や上野から隠すためにブルーシートや毛布で小松満裕を覆った。

この時ブルーシートを持っていた警官が一日留置場に手伝いに来たので「あの時(6月13日)の事で、俺はここにおるがゾ」と言ったら、小声で「小松さん、コワイいね」「僕らあは、言われてやりゆうがやきネ」と言いながら、一日私の生活の手伝いをして帰った。地域課の警官らは全員が顔見知りなので4Aと呼ばずに「小松さん」と名前で呼んでくれている。

〈本部長上野正史には公邸前の道路から抗議をしたが、この日の△巡査の暴行についての抗議だけである。起訴状にある犯罪行為の理由は『上野正史(当時52歳)に対する恨み、その他の悪感情を充足する目的』というのは「創作」である。本部長上野は暴行を振るった△巡査と共同の責任を負うべき義務が発生している。よって小松満裕からの抗議は当然受けなければならない。これに対して本部長上野は、△巡査の現行犯逮捕と小松の救護措置という、警察官として当然取るべき行動がとれなかった。これは刑事訴訟法第189条2項に違反する。だが、上野はその出来事は知らないと言っている。〉

〈現場(地点②)には上野を含め11名の警官がいたが、全員が私が犯罪(迷惑防止条例違反)を行ったとは考えていない。誰もこの事実を小松満裕の犯罪とは認めておらず、現行犯逮捕もしていない。〉

小松さんは軽犯罪法違反事件以降、本部長公邸前の道路には近づいていない。

〈実況見分調書や実況見分写真にある状況は現場では起こりえない「虚構」であり、デッチ上げの証拠である。△警部補、△巡査、上野正史本部長らの検面調書は嘘で固められている。虚偽告訴である。〉

■現場を離れる

このままではらちがあかないと、東に向かって歩き、県庁前を通り、高知県警本部に行き、警備公安部のKに事の顛末を話した。また、小松満裕への「尾行」「盗聴」「監視」という警察による「つきまとい行為」を止めるように申し出た。Kにはこのような直接的な暴力の行使では「街宣」は止めん。太陽政策はとれないか。「水心あれば魚心」だ。と話した。そして、再び現場に自転車を取りに戻った。

■現場に戻る

現場に戻ると、散乱していた自転車や装備は片付けられていた。自転車の前カゴには2~3枚の書類がのせられていた。自分のものでもないので、その場に捨て置いた。その後、自転車で高知警察署に抗議に向かった。

■高知署で抗議

高知警察署の生活安全課のM警部補と2~3人が出てきた。小松の訴えをはぐらかしながら、切れたベルトをペンチで直し「ほら直ったやいか(※ueuchiの説明、器物損壊でもなんでもない。ちょっとしたイタズラ。軽微すぎて被害とは言えん。)」などとはぐらかしていたが、この時まさに逮捕状請求、その他、翌日の逮捕の準備をしていたのだから、とんでもない(人を騙すために生まれてきた)子狸である。被害届についてもはぐらかされて出せなかった。
生活保護世帯の場合、病院に行くにも福祉事務所の許可がいる。逮捕が事件の翌日6月14日早朝6時30分なので、時間的余裕がなく診断書を取れなかった。小松さんは翌日の逮捕はないと考えて、その日一日の街宣を行い、家には午後6~7時に帰った。

自転車の前カゴに入っていた、この2~3枚の書類は、実況見分写真では△警部補が犯人役(小松満裕の代役)の男に差し出している書類らしい。だが、Mとはその様な書類のやりとりはしていない。これはデッチ上げの証拠写真でしかない。また、犯人役の男が地面に両足を投げ出して座っている写真も、11名もの警察官に取り囲まれた上に、ブルーシートや毛布二枚によって市民の目から隠されている状況だったので、犯人役の男がその様な格好で座り込んでいる場面などは状況的に起こりえない。

〈これらの証拠の捏造は△警部補らの虚偽公文書作成等、同行使にあたる犯罪である。本人の立ち会いのない実況見分は無効である。〉

〈6月13日の西内巡査の暴行傷害は、小松満裕の逮捕状請求に関わった高知警察署の生活安全課係長、M警部補も知っている。切れた小松のベルトをペンチを持ち出して修繕した。また、取り調べたK警部補も私の背中の擦り傷を見て、小松が△巡査から暴行傷害・器物損壊の被害に遭った事を知っている。現場に居た警官らも小松の被害を目撃している。〉

〈誰よりも、上野正史がよく知っている。その上で小松から「嫌がらせ」を受けた被害者であると検面調書で述べている。小泉桃子も小松の受けた暴行傷害などの被害を知った上で起訴した。〉

〈上野正史は単身赴任であり、小松から「迷惑」を蒙ったと被害を訴えているが、妻や長女は犯行日とされた6月10日、6月13日には高知にはいなかった。被害者は居なかったにもかかわらず3人もの被害者をデッチ上げた。〉

(当日のより詳しい記述は第三回公判を2017/12/7に控えているため、〈後日追記〉 )

〈資料庫〉 障害者施設暴行で栃木県警OB3人逮捕 証拠隠滅

県警OB「事件ではない」…自ら署に出向き説明

 宇都宮市の知的障害者支援施設「ビ・ブライト」で4月に起きた入所者傷害事件で、証拠隠滅容疑で逮捕された栃木県警OBで施設を運営する社会福祉法人「瑞宝会」職員の男(69)が6月、宇都宮南署に赴き、「事件ではない」と説明していたことがわかった。
 県警は証拠隠滅の犯意を裏付けるものとして調べている。
 捜査関係者によると、男は6月、「警察に顔が利くとの理由で施設職員らに任意の事情聴取をしていた宇都宮南署に赴き、「入所者同士のけんかで、事件ではない」と説明したという。
 男は、職員に無料通話アプリ「LINE(ライン)」での事件に関するやり取りの履歴を消すように命じていたとみられていることも判明。5月に施設内の一室で行われた同署の事情聴取で、「ここでは話せません」「虐待があります」と書かれた紙片を捜査員に手渡す職員もいたといい、県警は聴取場所を変えるなどしていた。


防犯カメラ映像も消える 宇都宮・障害者施設暴行で栃木県警OB3人逮捕 証拠隠滅疑い


 宇都宮市の知的障害者支援施設「ビブライト」で4月、入所者の男性(28)に暴行したとして、運営法人「瑞宝会」職員ら男女2人が傷害容疑で逮捕された事件で、栃木県警は4日、事件に関する内部調査の資料を廃棄したとして、証拠隠滅の疑いで、県警OB2人を含む同会職員の男3人を逮捕した。
 逮捕されたのは宇都宮市陽南、手塚通容疑者(69)と同県大田原市末広、斎藤博之容疑者(58)のほか、事件当時に施設長だった宇都宮市南通り、斎藤健輔容疑者(56)の計3人。
 手塚容疑者と博之容疑者は県警OBで、手塚容疑者は平成21年の定年退職後、博之容疑者は23年の依願退職後、それぞれ同法人職員となった
 逮捕容疑は、今年4月15日に発生した施設内での傷害事件の証拠とみられる書面を同18日に施設内で廃棄し、証拠を隠滅したとしている。県警は3人の認否を明らかにしていない。
 事件では入所の男性を蹴るなどして重傷を負わせたとして、同会職員、松本亜希子被告(25)=宇都宮市=と、職員の補助をしていた無職、佐藤大希被告(22)=栃木県那須町=が逮捕され、傷害罪で起訴された。施設では事件前後の防犯カメラの映像が消えており、県警は意図的に削除された疑いもあるとみて調べている。
 逮捕を受け、同会の土屋和夫理事長(59)は「街角に制服姿の警察官がいるだけでビシッとなる。元警察官なので抑止力になると思っていた。怒り心頭を通り越している。被害者の家族に対して本当に申し訳ない」と話した。

10/04 14:02

産経新聞


栃木・施設虐待:職員の県警OBら逮捕 証拠隠滅の疑い


 宇都宮市の知的障害者支援施設「ビ・ブライト」で4月、入所者の男性(28)が重傷を負い、職員ら2人が傷害容疑で逮捕された事件で、栃木県警は4日、暴行の内部調査資料を処分したとして、新たに同施設を運営する社会福祉法人「瑞宝会」職員の宇都宮市陽南2、手塚通(69)▽同県大田原市末広3、斎藤博之(58)▽宇都宮市南大通り2、斎藤健輔(56)の3容疑者を証拠隠滅容疑で逮捕した。手塚、斎藤博之両容疑者は同県警OBで、事件の内部調査を担当していた。

 逮捕容疑は、3人は共謀し、4月18日、施設内で起きた傷害事件の証拠となる調査書面を廃棄し、隠滅したとしている。

 県警捜査1課などによると、手塚、斎藤博之両容疑者は、瑞宝会のCSR(企業の社会的責任)部門で働いていた。斎藤健輔容疑者は当時、ビ・ブライトの施設長を務め、瑞宝会が運営する別の施設(栃木市)に勤務していた。

 施設内には防犯カメラ5台が設置されていたが、いずれも事件前後約3週間分の映像が消えており、県警は故意に消去されたとみている。瑞宝会は県警に対し「以前から録画できていないことがあった」と説明している。

 これまでに男性に暴行して腰の骨を折るなどの重傷を負わせたとして、ビ・ブライトで職員補助をしていた佐藤大希被告(22)と、同施設に勤務していた松本亜希子被告(25)は傷害容疑で逮捕、同罪で起訴されており、2人は「言うことを聞かずに腹が立った」などと供述。日常的に暴力を振るっていたことも認めているという。

 瑞宝会によると、松本被告は男性が大けがをした際、内部調査に暴行を否定していた。【野田樹】

10/04 11:38

毎日新聞


栃木県警OBら3人、証拠隠滅容疑 入所者傷害事件巡り


 宇都宮市西刑部町(にしおさかべまち)の知的障害者施設「ビ・ブライト」で4月に入所者の男性(28)が大けがを負った事件で、栃木県警は4日、事件後に実施された内部調査の資料を捨てたとして、施設の運営法人「瑞宝会」(宇都宮市)の職員3人を証拠隠滅の疑いで逮捕した。県警は認否を明らかにしていない。

 逮捕されたのは、同市陽南2丁目、手塚通(69)▽栃木県大田原市末広3丁目、斎藤博之(58)▽宇都宮市南大通り2丁目、斎藤健輔(56)の3容疑者で、手塚容疑者と斎藤博之容疑者は県警OBという。

 捜査1課によると、3人は4月15日にあった男性への傷害事件に関連し、職員が作成した内部調査の書類を同18日に施設内で破棄し、証拠を隠した疑いがある。事件をめぐっては、男性を蹴って腰椎(ようつい)骨折の大けがを負わせたなどとして、無職佐藤大希(22)と瑞宝会職員松本亜希子(25)の両被告が傷害罪で起訴されている。男性は一時意識不明の重体になったが回復し、命に別条はないという。

10/04 10:58

朝日新聞社


栃木県警OBら3人逮捕=障害者暴行、調査資料廃棄疑い

宇都宮市の障害者支援施設「ビ・ブライト」で、入所者に暴行し重傷を負わせたとして、運営する社会福祉法人「瑞宝会」職員ら2人が逮捕された事件で、栃木県警は4日、事件後に行われた内部調査資料を廃棄したとして、証拠隠滅容疑で、いずれも県警OBで同会職員の手塚通(69)=同市陽南=、斎藤博之(58)=同県大田原市末広=両容疑者ら3人を新たに逮捕した。
 他に逮捕されたのは、事件当時の施設長だった斎藤健輔容疑者(56)=宇都宮市南大通り=。県警は認否を明らかにしていない。事件前後の防犯カメラの映像が消えていたことも判明しており、関連を調べる。
 逮捕容疑は4月18日ごろ、暴行事件の証拠になると知りながら、内部調査資料を施設内で廃棄した疑い。
 県警などによると、廃棄された資料には、暴行を目撃した施設職員らの証言などが記載されていたとみられる。手塚、斎藤両容疑者は警部補で退職後、瑞宝会に再就職し、職員教育などに携わっていた。 

10/04 11:16

時事通信社

〈資料庫〉 冤罪被害・中国放送人気アナが窃盗犯に

恐怖!地方の人気アナが窃盗犯にデッチ上げられるまでの一部始終

衝撃的な冤罪被害の告白
週刊現代 20170407

ある日突然、まったく身に覚えがないのに、警察に逮捕される。検察も裁判所も助けてくれない。ここに記す冤罪被害の告白は衝撃的だ。そして、これは明日、あなたの身に起きても不思議ではない。

ある日突然、自宅で逮捕

私の時計は'12年10月11日の朝で止まったままになっています。
2人の刑事が突然、我が家に来たので、何かの協力依頼かと思った私は2人を家に招き入れ、名刺交換をしました。少しの会話をした後、刑事はとんでもないことを言い始めました。
それは私が近所の銀行で、客が置き忘れた現金入りの封筒を手に取り、少し歩いた所で封筒内の現金だけを抜き取って、左の胸のポケットにねじ込み、封筒を元の位置に戻したというものでした。
何の事かわからない私は、「そんな馬鹿な」としか言えなかった。刑事は「盗った証拠が防犯ビデオに映っているんだ!!」と怒鳴り、私が証拠を見せて欲しいと強く要望すると、「見せる訳にはいかない」と拒否されました。盗ったとされる金額を聞いても「言う訳にはいかない、お前はうそを言うから」と言われました。

突然やって来て、全く身に覚えがないのに泥棒呼ばわりをされ、私はいくら警察とは言え許せないと、立腹しました。
「失礼千万な話です!!」
そばにいて恐怖に震えている家内の前で激しい口論――。

結局、逮捕状の呈示もなく逮捕されて、広島県警広島南警察署の「留置場(代用監獄)」に入れられてしまい、何が何だかわけがわからないまま、勾留が始まったのです。

煙石博氏(70歳)。広島生まれで、'69年に地元広島の民間放送局RCC中国放送に入社。'07年に定年退職するまで勤め上げ、その間、人気ラジオ番組『なんでもジョッキー』のパーソナリティーを務めるなど、広島市民に親しまれた。定年後はフリーのパーソナリティーとして講演活動に勤しんでいた。
そんな彼を「冤罪」が襲った――。
広島銀行大河支店で女性が置き忘れた封筒の中にあった6万6600円を煙石氏が「窃盗」したというのがその容疑だった。
たしかに煙石氏はこの日、広島銀行同支店を訪れてはいた。だが、それはあらかじめ銀行員に連絡をしたうえで、500万円を引き出しにいったためだという。同支店では顔見知りと談笑もしており、封筒から金品を盗むなど、あり得ない話だった。

留置場の中へと連れて行かれると、そこで持ち物を全て取り上げられて、薄暗いひと部屋に入れられ、鉄格子の錠をかけられました。その後は勾留28日間、名前を呼ばれることはなく「13号」と呼ばれました。
部屋は薄暗く、コンクリートの打ちっぱなしの様な壁に囲まれていました。小さな窓がありますが、分厚いすりガラスで外の様子は全く見えない。畳は薄汚れて、ねちゃねちゃしている感じのビニール畳でした。
部屋の奥には、下半身だけ隠れるようになっている半畳ばかりの和式トイレがあり、暗くじめっとした薄気味悪さを感じました。
部屋に一切私物は持ち込めず、毛布一枚と、一巻きのトイレットペーパーだけを渡されました。もちろん腕時計や携帯電話も取り上げられ、外との連絡はできません。
夜9時から朝7時までは、私の日常生活に必要なめがねも取り上げられました。思い浮かぶことや、伝えたい事をメモしておこうにも、机も筆記用具もなく、外界との接触を全て遮断されてしまいました。

怒鳴り上げて自白を強要

その夜から、理不尽に逮捕・連行された怒り、それに「孤立した」という不安が加わり、一人どうする事もできない混乱した精神状態で「眠ると殺されるのではないか」という恐怖に震えながら、一睡もできませんでした。
気が動転したまま南署の留置場で過ごした翌日、妻と面会。面会できる時間はわずか15分限り。限られた時間の中で、私が窃盗容疑で逮捕された事をテレビの各局・新聞の各紙が、大きく取り上げたことを聞き……悔しいやら、悲しいやら……。
「人生を失った」と悲嘆に暮れました。何もしていないのに「盗みで逮捕」という報道をされ、家族にどれほど辛い思いをさせ、また、友人・知人はどう思っているだろうか……胸が張り裂けんばかりでした。
広島地検での「弁解申し立て」で、お金を盗っていない事を正直に話したにもかかわらず勾留が言い渡され、南署で取り調べが始まりました。

 この事件は銀行を訪れた女性が封筒を記帳台に置き忘れたことが発端だった。女性はその封筒に現金6万6600円が入っていたと主張し、広島県警に窃盗被害を申告した。
その結果、犯人として疑われたのが、同日に同行を訪れていた煙石氏だった。警察は煙石氏が封筒から現金を抜き取って、その後、封筒を記帳台に戻したというストーリーに基づいて取り調べた。

刑事は我が家にやって来たときから、私を犯人と決めつけていました。それは違うと一生懸命主張したが、もう自分たちでストーリーを作り上げていました。
取り調べも、取り調べと呼べるようなものではなかった。私が懸命に説明しても、取調官は「それだけ言うたら、ちいたあ(少しは)すっきりしたろう」、「気分が楽になったじゃろ」と人を小馬鹿にしたようなことを言うだけで、それを調書に書いてもくれませんでした。
机を叩きながら、「防犯カメラの映像に全部映っとる!!」、「お前が犯人じゃ!!」の一点張りなんです。昔の刑事ドラマの一場面のように、鬼の形相で怒鳴り上げて、私に自白しろと迫ったんです。その時の様子をいま思い出すだけでも恐ろしく、身が縮み上がる感覚もいまだに消えません。

証拠がなくても有罪

そうかと思うと、
「金を盗ったと認めれば、ここをすぐに出られる。窃盗は大したことではない。初犯だから刑も軽い。人の噂も七十五日、みんなすぐに忘れる。すぐに社会復帰できる」
と自白を誘導したりもしました。
当日の記憶がほとんどない中で、何度も「防犯カメラの映像に映っている」と言われると、変なもので……まさか本当に映っていたらどうしよう……と不安になり、恐ろしくなってくる。妙な心理になっていくのです。

後に煙石氏が見た防犯カメラの映像は、煙石氏が封筒から現金を盗んだと主張するには、あまりに不鮮明なものだった。また、現金を盗んだとされる封筒からは煙石氏の指紋は検出されなかった。
だが、検察は刑事の言い分を鵜呑みにして煙石氏を起訴し、広島地裁、広島高裁はともに警察の作ったストーリー通りに煙石氏が窃盗を行ったと「推認」し、懲役1年、執行猶予3年の判決を下したのだった。

私はこれまで、司法に携わる皆様は、公明正大で高潔な方たちだろうと思っていましたが、それはとんでもない幻想でした。実際は真実や正義の女神をも欺いている人たちのように感じております。信じられません
私はこれまで真面目に生きてきた一市民で、今回も何も悪い事はしておらず、普段通りに銀行で用事を済ませただけです。私の心には一点の曇りもなかったのに、私に関わった刑事、副検事、裁判官は、一般常識からかけ離れたというより、無茶苦茶な判断をして涼しい顔をしている。空恐ろしさを覚えています。
そもそも、先祖代々住んできた家のすぐそばの、小さな銀行支店のロビーで、数人の町内会のお客さんとたくさんの行員などがこちらを見ている前で、しかも防犯カメラがたくさんある中で、置き忘れられた封筒から6万6600円を抜き取り、犯罪の証拠となる封筒を元の記帳台に戻すなんてことを、私がするはずがない。
合理的にありえません。封筒には私の指紋はついていませんでしたし、防犯ビデオにも盗っている映像は全くなかったんです。

日本は冤罪大国なのか

信じられない濡れ衣を着せられて窃盗犯にされた私は、人権を剥奪され、人生に泥を塗られたばかりでなく、家族も地獄の苦しみを強いられました。さらに、私がお世話になった方々や、知人・友人にまで大変なご迷惑をおかけしてしまいました。
疑われる理由すらない私に対して、こんな事ができるのならば、警察・司法によって、このような冤罪はいくらでも作り出せてしまう。居ても立ってもいられない思いで、憤りと怒りが火山のマグマのようにたまりにたまっています。

煙石氏は'14年12月に広島高裁で控訴が棄却されると即日、最高裁に上告した。
そして、'17年3月10日、煙石氏の言い分を認める形で、最高裁判所は逆転無罪の判決を下したのである。4年5ヵ月にわたる煙石氏の闘争にようやく終止符が打たれた。

マラソンでランナーがゴールテープを切ったと同時に倒れ込むシーンがありますが、私の今の心境はそんなシーンとオーバーラップします。
支援者と私の願いが最高裁に通じて本当に良かった。最高裁では正義と真実に基づいた公正で良識ある判断をいただきました。本当にホッとしています。
逮捕されて以来、この4年5ヵ月は真っ暗闇の中で、私だけでなく家族ともども苦しんできました。定年後の自由で平凡な暮らしが突然奪われ、憤りと混乱、嵐の中の4年5ヵ月でしたが、「無罪を勝ちとる会」の皆様や友人、知人など、お世話になった皆様に心からお礼を言いたいです。
無罪判決が出て、皆さんから「おめでとう」と言っていただきました。しかし、私自身は正直、そんなにめでたいという気持ちにはなれないのです。もともとお金を盗んでいないのに突然、とんでもない火の粉を浴びて、苦しめられ、人生を失ってしまったのですから。失ったものは二度と返ってきません。
むしろ悔しくて切ない思いが、今も胸を満たしています。痛切に感じるのは、信用や信頼というものは長い人生の中で、時間をかけて築くものですが、それを失うのは一瞬だということ。壊れたグラスは元には戻りません。失われた信用と信頼をもう一度少しずつ作り上げていくしかないと覚悟しています。
今回の体験を通じて、日本は冤罪大国になりつつあることも知りました。思想、信条、宗教、政治の垣根を越え、安心して暮らしていける国になるよう、警察や司法は襟を正していかなければなりません。今後、私のように濡れ衣を着せられて苦しむ方が出ないよう、強く願っています。
「週刊現代」2017年4月8日号より

〈拡散願い〉 小松満裕さん、逮捕・起訴される

■小松満裕さん逮捕される

 2017年6月24日(金) 久しぶりに小松満裕さん宅を訪ねた。間借り人の70歳代と思しき女が、小松さんが高知県迷惑防止条例違反で6月14日逮捕された。現在、高知警察署に留置されている。通常2〜3日で釈放されるがまだ出てこない、と教えてくれた。「面会に行きますか?」と聞かれたが、条例違反だからショートステイだろうと考え「行きません」と答えた。TI(Target individual)が、留置場に面会に行く。ありえない。何が起こるかわからない。「いつ帰ってきますか」と訊くと、老女、気分を害したことは間違いなく、「これはあくまで別件逮捕で別の容疑で起訴され、永遠に出てこれないかもしれない」と不穏なことを言う。素人らしからぬ迫真の予想には違和感を覚えたが、面会時小松さんから聞かされたのだろうと考えた。「小松さんは水道代も払わないので止められている。私もここを出て行こうと思っている」。などと言い始めた。面会に行かない私を責めているらしい。

 2017/6/29、ネットで動画を配信しているGさんから連絡があり、弁護士の話として「留置後23日目(7月6日)が、起訴されるかどうかの目処」だと伝えてくれた。ここでやっと異常事態であると気づいた。まだ、逮捕の罪状などもわからず、健康状態など様子を見てきて欲しいということで、7月3日(月)以降面会に通う事になった。最初にあまり気の進まない私の背中を押してくれたのはGさんだが、それ以降は小松さんの要望を聞き、できる範囲で応援しようと、今に至っている。

 5年前の2012年8月21日、小松さんは本部長加藤晃久邸付近路上で本部長をなじる“よさこい節”の替え歌を大声で歌ったという軽犯罪法違反で逮捕起訴され、「一万円以下の罰金、もしくは29日以下の禁錮」のところ2倍の58日間の禁錮刑を言い渡されている。

元最高検検事で筑波大学名誉教授の土本武司氏

 「私は30年近く検察に身をおいておりましたが、このような起訴状を目にするのは初めてのことです。被告人は住宅街で大声を出すことで静謐という公益を害したために軽犯罪法に問われていますが、なぜわざわざ起訴までするのか理由がまったく分からない」。

 法律に携わって60年になるという日本大学の板倉宏名誉教授

「軽犯罪法違反で公訴提起されるなんて聞いたことがない。軽犯罪法違反は分かりやすく言えば道端で立小便するようなもので、その場か交番で説諭で済む話だ。わざわざ起訴するなど信じがたい」。

司法は高知県警のおもちゃである。

 小松さんはこれまで「高知白バイ事件」を始めとする高知県警の不祥事、犯罪について、高知警察署、南警察署、県警本部、地方検察庁、裁判所前、そして人通の多い繁華街などで演説を続けてきた。「高知白バイ事件」では高知新聞を始め、(テレビ朝日とKSB放送以外の)主要メディアの報道を封じ込め、地元市民をつんぼ桟敷に置き、県史に残る重大犯罪を葬り去ろうとした高知県警の足元から直接、県警の嘘を崩し、市民に覚醒を促し、県警幹部を批難する演説を続けてきた。『報道されなければ犯罪ではない』と、うそぶく県警幹部の脅威となった事は間違いない。

 街宣活動の趣旨について小松さんは手紙でこのように話している。

 『私が裁判官・検事を批判して、裁判所前から始めた街頭宣伝活動の趣旨は、
Freedom of expression(表現) is the foundation(土台・基礎) of human rights(権利), the root of human nature(ありのまま) and the mother of truth. 将に、世界人権宣言そのものを公衆に私は啓蒙したいというもので、私の表現の功罪(つまり、巧い下手)を問いません。』
 
 世界人権宣言の前段にはこうある。

 あらゆる人種、あらゆる民族一人ひとりにそなわった普遍の尊厳と平等を尊重することは世界の自由、正義と平和の礎である。
 それに対して、人権の無視、軽視は人類の良心を踏みにじった野蛮な行為の元凶となる。
 人類が言論の自由の喜びを享受し、信念を持ち、恐怖や貧困からの解放を信じられる世界の到来は、大衆にとって、最も高次の望みである。
 これは本質的な要素である。もし人類が“よりどころ”としてきた専制政治と抑圧に対する“最期の手段としての抵抗”がやむを得ず剥奪されるなら、人権は法の原則の下、厳格に保護されなくてはならない。

■ 無関心は最大の罪である

 ここには過去の悲惨な歴史に向き合い、問い続け、導き出した人類の英知が凝縮されている。小松さんは、ファシズム=他の考えを認めない独裁的な権力体制の兆候を察知し、市民生活を覆う暗雲の正体を示し、風穴を開けようと行動を起こす。小松さんには明確な大義がある。

 しかし、相手は戦後国民がコツコツと築き上げ、保ってきた民主国家日本を壊し、オノレの私欲の為にファシズム警察国家に置き換えようと策謀をめぐらす警察組織である。(警察組織の背後に控える“何者”かについてはここでは触れない)小松さんの周辺の知人、友人、親族を権力で脅しつつデマを流し、印象操作をし、絆を切り、とことん貶める。満身創痍の小松さんは使命感に駆られ、それでも街頭に立ち続ける。

 7月3日、初面会で小松さんから逮捕状の内容について話を聞く。6月14日午前6時、自宅にて高知県迷惑防止条例違反容疑で逮捕されたとのこと。高知県迷惑防止条例は正式には「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」という名称で、この11条第1号、第4号違反とのことである。

(嫌がらせ行為の禁止)
第11条 何人も、正当な理由がなく、専ら、特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、不安又は迷惑を覚えさせるような行為であって、次の各号に掲げるいずれかのもの(ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号)第2条第1項に規定するつきまとい等及び同条第3項に規定するストーカー行為を除く。)を反復して行ってはならない。
(1) つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下この号において「住居等」という。)の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。
(2) その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
(3) 面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。
(4) 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
(5) 電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メール(特定電子メールの送信の適正化等に関する法律(平成14年法律第26号)第2条第1号に規定する電子メールをいう。)を送信すること。
(6) 汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。
(7) その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
(8) その性的羞恥心を害する事項を告げ、若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する文書、図画その他の物を送付し、若しくはその知り得る状態に置くこと。

追加〔平成25年条例71号〕、一部改正〔平成29年条例21号〕

 その後、小松さんが書き写した起訴状が送られてきた。『被告人は、正当な理由がなく、専ら、高知県警本部長である上野正史(当時52歳)に対する恨み、その他の悪感情を充足する目的で』とある。これが「動機」という訳である。粗野な行為とは本部長公邸付近から「上野正史でてこい。こらー、直談判じゃ、出てこい」などと大声で怒鳴ったこととある。それが「高知県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反」だと言うのである。本部長を権力を持たない丸腰の〈かよわき大衆〉になぞらえている。私には検事・小泉桃子の起訴状が本部長の威厳を貶め、からかっているように見える。「なんと小さな男なのか」と。

 小松さんは、起訴状に対しての反論を数日で書き上げた。ご本人の強い要望もあり、ここに反論書を掲載する。文章の殆どが理不尽なこじつけ逮捕・勾留・起訴に対する怒りの発露である。この怒りは私にはよく理解できる。また、多くの司法犯罪被害者には小松さんの激しい怒りが理解できるはずである。

2017年9月20日今後の公判に支障をきたすことが予想されるため、反論書の掲載をやめ、裁判官忌避申立書に差し替え。ueuchiは浄書のみ。






※ページ7以降は新聞記事

〈資料庫〉警官衝突死・高校生の裁判員裁判


2017.08.29 朝刊 29頁 社会1 (全838字)
 

警官衝突死 重過失罪に

地検変更 「傷害致死なら無罪」

裁判員裁判 高知

 2015年8月、高知市内を自転車で走行中に警察官に衝突して死亡させたとして、高知地検が傷害致死と公務執行妨害の罪で起訴し高知地裁の裁判員裁判で審理を受けていた少年(19)について、地検は28日、重過失致死罪への訴因変更を請求した。地裁は判決言い渡しを予定していた今月4日、地検に訴因変更を打診していた。
 取材に対し、地検の島根豪次席検事は「地裁から傷害致死は認められないという示唆があった。このまま無罪判決を受けて控訴するか、訴因を変更して重過失致死罪の確実な処罰を求めるかの選択だった。人が亡くなったのに全く処罰されなくていいのか、ということを考慮した」と説明した。
 訴因変更の請求書によると、15年8月14日午後9時10分ごろ、当時高校3年生だった少年は、無灯火の自転車で同市長浜の歩道を走行中にパトカーから追跡され、時速約43キロで逃走。前方に数人の集団がいるのを認めたが、減速するなどの注意義務を怠り、高知南署地域課勤務の男性巡査部長=当時(25)=に衝突して約2カ月後に死亡させた-としている。
 これまでの公判で弁護側は、少年は逃走中に前方に集団がいたことに気付いたが、警察官がいるとの認識はなかったなどと主張。過失によって警察官を死亡させたことは認める一方、故意による罪は成立しないとして無罪を求めていた。
 一方の検察側は、少年が取り調べ段階で「前方に警察官がいたと認識していた」と供述していたことなどから、故意性があったと強調。少年を追跡したパトカーのドライブレコーダーの映像や、事件現場にいた別の警察官の証言なども示し、懲役4年以上6年以下の不定期刑を求刑していた。
 しかし、地裁はこれらの証拠では故意性の立証が不十分だと判断したとみられ、4日、地検に訴因変更を打診していた。
 重過失致死罪は、重大事件を審理する裁判員裁判の対象犯罪ではないため、地裁が因変更を認めた場合は、裁判員は解任され、通常の公判手続きに移行する見通し。次回公判は9月11日の予定。
高知新聞社


2017年8月5日高知新聞朝刊

警官衝突死 少年の判決延期

地裁 異例の訴因変更打診


裁判員裁判 高知

 20158月、高知市内を自転車で走行中に、警察官と衝突して死亡させたとして、傷害致死と公務執行妨害の罪に問われている少年(19)の裁判員裁判が4日、高知地裁であった。判決の言い渡しが予定されていたが、地裁が検察側に訴因変更を打診する異例の手続きを取り、判決は延期された。地裁は少年の衝突に故意があったとする検察側の立証が不十分だと判断したとみられ、過失致死罪に訴因が変更される可能性がある。
 起訴状によると、15814日午後910分ごろ、当時高校3年生だった少年は無灯火の自転車で同市長浜の歩道を走行中に、パトカーから追跡されて逃走し、道路前方で別の少年グループに職務質問をしていた高知南署地域課の男性巡査部長に衝突し死亡させた-としている。
 これまでの公判で弁護側は、少年は逃走中に前方に数人の集団がいたことに気づいたが、警察官がいるとは認識していなかったと強調。衝突の故意性を否定して傷害致死などの無罪を主張していた。一方で「過失致死や重過失致死の罪に問われるのはやむを得ない」として、過失によって警察官を死亡させたことは認めていた。
 検察側は、少年が取り調べ段階で前方に警察官がいたことを認識していたと供述していたことなどから「警察官の体に衝突する危険性があると認識しながら、取り締まりを逃れるため、集団を突破しようと考えた」として故意性があったとし、傷害致死などの罪を主張していた。
 この日の公判で、山田裕文裁判長は「これまでの審理の状況を踏まえて、本日午前、(検察側に)訴因変更を打診した」と述べ、判決予定当日に異例の手続きを取ったことを明らかにした。
 検察側はこれをただちには拒否せず「検討に時間がかかる」として判決期日の延期を要請した。弁護側は、過失罪への訴因変更を念頭に、改めて少年の情状面を訴える考えを示した。
 検察側は次回期日の911日までに訴因変更の是非を判断する。変更されなければ同日に判決が言い渡され、変更された場合は、改めてその後の進行を協議する見通し。
 公判は81日、検察側が懲役4年以上6年以下の不定期刑を求刑して結審していた。

故意の立証揺らぐ


 高知地裁の山田裕文裁判長が高知地検に対して行った訴因変更の打診。極めて異例とも言える措置は、傷害致死での有罪が問えず、このまま処理すれば、無罪判決が下された可能性を示唆している。検察、警察の出した証拠の不十分さが結果的に示された格好だ。
 公判で一貫して争われてきたのは警察官に衝突した少年に故意があったかどうかだ。
 つまり少年がパトカーからの追跡を受けながら、進路前方に警察官を含む集団を認めていたか。「警察官と自分の身体が接触してもかまわない」とまで考え集団を突破しようとする意志(未必の故意)があったかどうかという点だ。
 これまでの公判で少年は、たばこを所持していたためパトカーをみて逃走しようとしたことは認めたが、「止まりなさい」との拡声器の声はイヤホンで大音量の音楽を聴いていて聞こえず、夜道が暗く、前方には警察官は見えなかった、などと主張した。
 その上で「前に複数の人影を見たが、右側にはスペースがあり、そこを通れると思った」とし、「衝突するごく直前に、1人の警察官を認識した。警察官が突然前を横切ったため、ぶつかった」と強調した。
 これに対し検察側は、「パトカーの警告の声は聞こえていた」「当初の捜査段階で少年は、約35㍍手前で、警察官を認識したと供述している」と指摘。また、広くなった警察官の同僚が自転車から11㍍手前の地点で両手を広げて制止し、上半身に反射帯も着けていたことから、「少年は警察官に気づいていたはずだ」と主張した。
 パトカーのドライブレコーダーの映像の解析から、自転車の走行速度は時速約43キロに上った。しかし、衝突する瞬間は映っておらず、警察官の動きや位置関係を明確には示せなかった。
 このほか、パトカーの発した警告の声が聞こえたか否かの立証実験を現場とは異なる場所、違う状況で実施しているなど、証拠の不備を弁護側に指摘される場面もあった。
 傷害致死の場合は、重過失致死の場合と異なり、犯罪が成立するため故意性が必要となる。
 高知地裁は、検察側の立証が不十分で、少年に故意があったとの内心を証明できる客観的証拠が提示されていないと判断したとみられる。
 事件は異例の経過をたどった。過失傷害の疑いで現行犯逮捕された少年はその後、高知地検によって傷害致死と公務執行妨害の容疑で高知家裁に送致された。さらに家裁が少年の故意性を認め、逆送と呼ばれる手続きを経て、高知地裁で初めての少年を対象とする裁判員裁判が実施された。(坂巻陽平)

〈資料庫〉 CIA工作員最期の告白: 9.11 WTC7は我々が爆破した

【転載】 http://yournewswire.com/cia-911-wtc7/  


79歳の退職したCIAの諜報員、マルコム・ハワードは、金曜日にニュージャージー州の病院を退院した後、一連の驚くべき告発をし、自分に残された時間はあと数週間と話した。ハワード氏は、彼が9.11で破壊された第3の建物であるワールドトレードセンター7の「制御された爆破」に関与したと話している。



ハワード氏は、36年間にわたりCIAに諜報員として勤務していたが、彼の技術者としてのバックグラウンドとキャリア初期に爆破解体に携わった経験から、CIA上級職員から指名され、このプロジェクトに取り掛かった、と話す。

土木技術者として訓練されたハワード氏は、1980年代初めにCIAからスカウトされて爆発物専門家になった。ハワード氏は、「たばこのライター」のように小さな物から「80階建ての建物」のような大規模な物にまで爆薬を仕掛けた経験が豊富だと話している。

生まれも育ちもニュージャージーの79歳は、CIAが作戦名「ニューセンチュリー」と呼んだ工作を1997年5月から2001年9月まで進め、その間にも「CIAは依然としてトップから指令を受けている」と話している。彼は、爆破の成功を確認する任務をおった、4人一組で構成された班の一員だった。

ハワード氏によると、世界貿易センター7の作戦は、「解体作業ではないと見せかけなければならなかった」ため、解体作業の中でも独特の作業だった、と言う。当時は欺瞞を遂行するにも何の問題もなかった、なぜなら「あなたが愛国者であるときは、CIAやホワイトハウスの動機に疑問を持たない、あなたはより大きな目的はより大きな利益のためだと思い込む。彼らは私のような善良で、忠実な人間を選ぶ、愚劣な話によって心は壊される。

[ジョンケリー、WTC 7が制御された爆破によって破壊されたと認めている]

しかし、彼は今でも、「何かが間違っていた」と振り返っている。

「悪しきものが生まれた。これは私たちが思い描いたアメリカではない」。

ハワード氏は、ビルがどのように破壊されたかを説明する、「爆薬を使った、古典的な制御された解体」でした。我々は、爆発物として軍事レベルの微細テルマイトの複合材料を使用した。難しかった部分は、何千ポンドもの爆薬、ヒューズ、点火装置をあまり気づかれずに建物に運び入れることでした。しかし、ビル7のほぼすべての事務所はCIA、シークレットサービス、または軍によって賃借されていたため、容易でした。

ハワード氏は、アメリカの歴史の流れを変えたその日までの一ヶ月に、WTC 7は「戦略的な場所に爆薬が積まれた」と説明している。 9月11日、北と南の塔が燃えている間、世界貿易センター7でヒューズが点火され、ナノテルマイトの爆発が建物を空にし、鉄骨構造を破壊し、他の構造物を取り除き、オフィス火災が残り建物を駆け抜け、それを殻のようにくりぬいた。

世界貿易センター7は、WTC1と2の破壊から7時間後の午後5時20分に、自らの敷地面積の内側に崩壊した。建物は自由落下のスピードで降下することによって目撃者に衝撃を与え、崩壊途中でゼロ抵抗に遭遇したことを示した。

ハワード氏と彼の同僚たちは職務を完了した。

「建物が倒壊したとき、かなりの高揚を感じました。すべてが計画通りに正確に行きました。とてもスムーズでした。そこでは全員が避難しました。 WTC 7では誰も傷ついていません。私たちは浮かれていました。私たちはウイスキーと葉巻を取り出し、解体のリプレイを見続けました。が、突然の、完全な逆転が起こりました。私たちは皆、少しうまくいきすぎていると心配し始めました。私たちはテープを何度も何度も見ていて、妄想にとりつかれ始めました。それは“制御された解体”のように見えた。私たちは、くそ、人々はこれに疑問を抱くだろうと思った。そして、私たちは、通りにいる人々が午後に爆発音を聞いたと証言していると聞きました。私たちは、BBCはレポーターがへまをし、実際の崩壊の20分前に“建物が崩壊した”と発表したと聞かされました。その時点で私たちは“お楽しみは終わりだ”と思いました」。



政府発行の9.11の公式報告書によると、WTC7は乗客飛行機の衝突によりWTC1と2から溢れ出た瓦礫によって引き起こされた“制御不能な火災”のために崩壊した。 公式の筋書きが真実であれば、WTC 7は、制御不能な火災によって崩壊する世界で最初の高層ビルであり、“事務所の火災”のために内側に崩壊した世界で唯一の鋼製超高層ビルということになります。

ハワード氏と彼の同僚は、国民が公式の物語を見て、真実を伝えるよう要求して、政府に立ち向かうことを恐れていた。

「物語には非常に多くのほころびがあり、多くの証拠が残っていた。私たちは一般大衆がそれを掴んでいると思った。私たちは、メディアが無視できない大衆の蜂起があると考えた。彼らは調査資金を調達し、彼らがなぜ騙されてきたのか知ろうとするだろう。我々は、彼らが建物7が爆破された現場に、それを証明する化学複合材を見つけ出すと考えた」。

「革命が起こると思った。とことんやるだろう、ブッシュ大統領にまで及ぶだろう。彼はホワイトハウスから引きずり出されるだろう」。

「しかし、何も起こりませんでした。ほとんど誰も疑問を持ちませんでした。メディアは、公式見解に疑問を持つ者を誰でも攻撃しました」。

お金を追う

ハワード氏は、世界貿易センターの北と南の塔の破壊について「直接的な知識はない」と言い、「CIAの作戦は非常に限定的」であり、おのおのがパズルの小さな部分のみ理解してより大きなプロジェクトに取り組むのが一般的であると説明する。

[9.11:Larry Silversteinは攻撃の1年前に新しいWTC-7を設計した]

しかし彼は、パズル全体を理解し、歴史上のアメリカの精神風土に対する最も壊滅的な攻撃の背後に誰がいたかを追求している調査官にアドバイスをしている。

「お金を追ってください」。

誰が後ろにいるのかを知りたいときは、お金の流れを追ってください。 9.11の直前に行われた取引を見てください。彼らは、何が起こるのかを知っていた人たちです。 CIA諜報員の息子、政府職員。アメリカで最も権力のある者達の近親血縁者。チェイニー、ラムズフェルド。彼らは皆、富裕になった。建設業や戦争やリベートで友人たちに与えられた契約だけではありませんでした」

「インサイダー取引だった」

英国、フランス、ドイツ、イタリア、日本、モナコなど多くの国々は、9・11襲撃の結果起こったインサイダー取引の調査を開始した。アルカイダが株式市場で利益を上げたことが証明できれば、テロ組織が攻撃の背後にあったことが証明される。

そして、すべての証拠は、9.11前後に悪質なインサイダー取引があったことを示している。

イタリアのアントニオ・マルティーノ外相は、「国際市場での投機の背景にはテロ国家や組織があると考えている」と述べた。ドイツ中央銀行総裁アーネスト・ウェルテケ氏は、彼の研究者らは「インサイダー取引のほぼ反駁のできない証拠」を見つけた、と語った。

CNNでも、監督機関は、「誰かがテロ攻撃の前に、金融市場を操作してそこから利益を得ようと望んでいる」という「明確な兆候」を見ていると報じた。

ハワード氏によると、9.11からの株式市場で誰が利益を上げたかについての本格的な調査は、「アメリカの寡頭政治から心を取り返す」と述べている。

世界的な広がりのある唯一の組織があります、今あなたに言います、過去も現在もそれは決してアルカイダではなかった」

それはCIAです。

「本当の調査は決してできない。完全な影の政府、あなた方が今呼んでいるように、が関与したとみなされている」

自宅で最期の週を過ごす79歳は、「この告白によって私が拘束されることはない。なぜならCIAは他の誰かを追いかけなくてはならないから。彼らはせいぜいメディアに私を攻撃させるだけです。9.11前後のすべてを抑えつけるための費用はすべて給与明細に含まれている。